FC岐阜の森山泰行が正式に引退表明
FC岐阜のFW森山泰行が2008年9月15日、ホームスタジアムの長良川競技場で今季限りの現役引退を正式に表明した。
「子供たちに夢を」をスローガンに、地元のチームで4年間を過ごした岐阜県笠松町出身の森山泰行は記者会見で、「シーズン前から今年1年と決めていた。残りわずかだが、悔いの残らないようにしたい」と話した。
森山泰行はJリーグ開幕前年の1992年、順天堂大学から名古屋グランパスに入団。ベルマーレ平塚(当時)やサンフレッチェ広島などに移籍し、海外のクラブ経験も積んで一度は現役を引退した。しかし、故郷への思い入れは強く、2004年、「引退したら岐阜に帰ってJリーグを目指したい」という夢を追い、FC岐阜に入団。昨年は役員、コーチ、選手としてJ2昇格に貢献した。
今季のリーグ戦は残り8試合。12月6日の長良川競技場でのサガン鳥栖戦が最終戦になる。百戦錬磨のストライカー、森山泰行は「ホームグラウンドでゴールを決める」と誓った。
今後は日本サッカー協会公認の最高位の指導者免許「S級ライセンス」の取得も目指すという。
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FC岐阜 森山泰行選手のコメント
「FC岐阜で4年目になるが、地元でキャリアを終えることが出来る。幸せだ。(選手としての)残りのシーズンを悔いのないようにやりたい。 一番印象に残っているのは、J2昇格を決めた瞬間だ。今でも感動する。この4年間のうち、9割方はしんどいことばかり。(昇格時は)本当に上がったんだと思った。
(引退を決めたきっかけは?)開幕前から今季だけと決めていた。まだやれるというわずかな自信はあるが、往年に比べ、(プレーで)劣っているとの自覚症状もある。ゴール前のエリアでは、まだ技術的にやれると思うが、サッカーはそれだけではない。チームに迷惑をかけたくはない。
(シーズン途中での引退表明は異例だが?)このチームは入場者数が(経営の)生命線だ。自分が引退を表明することで何らかのきっかけになればいいと思った。
(苦しいなか、何が原動力になったのか?)1998-99年、スロベニアでプレーした。小さなクラブでも100年以上の歴史があるなどサッカーが脈々と続いている(と感じたこと)。当時、Jリーグはバブル状態だったし、これでいいのかとも思った。FC岐阜はゼロからのスタートだったけど、選手としての集大成となった。いい勉強をさせてもらった。
(今後の進路は?)まずS級ライセンスを取りたい。あとは『子どもたちに夢を』とFC岐阜を立ち上げたので、岐阜県内の小中学校を回って、サッカースクールを開催したい。」
FC岐阜 今西和男GMのコメント
「自分がサンフレッチェ広島GMのとき、森山選手が半年間プレーした。当時から『岐阜でサッカーをしたいが、目標の日本代表入りは難しい。引退したら、いつか岐阜に代表入りを目指せるチームを作りたい』と言っていた。子どもたちに夢を与えたいという考え方に感銘を受けた。そんな熱い思いが実現し、まずはJ2昇格を果たした。今後はその思いを受け止め、チーム一丸で頑張りたい。」
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