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群馬の廃線・草軽電気鉄道

「キィーンキンキン」
軽井沢と草津温泉の二大観光地を結んでいた草軽電気鉄道は、浅間山麓を縫うように走っていたため、急カーブが多く、列車の車輪がレールと擦れ合う甲高い音が山麓に響き渡っていたという。
鉄橋やトンネルの建設を避け、山間や高原の起伏に沿って線路を敷いたため、つづら折りの路線になったとされる。列車は草津までの標高差270メートル、55.5キロの道のりを3時間半もかけて、のんびりと走った。
上り勾配のスピードは時速20キロに届かず、ほとんど自転車並み。幼少のころ、祖母と山菜採りに出かけた際に列車に乗った嬬恋村の黒岩薫さん(53)は「駅じゃないのに飛び乗ることができた」と目を細める。
湯治客らを乗せた客車1、2両と、草津や白根の硫黄鉱石を満載した貨車を引っ張るのは、全長わずか3メートル余の真っ黒な電気機関車。小さいのに力持ちで、L字を寝かせた形の車体に、巨大なパンタグラフを乗せたユーモラスな姿から「カブトムシ」の愛称で親しまれた。
草軽電気鉄道は大正15年、標高1210メートルの草津温泉まで開通。日本一の高所を走る「海抜四千尺の遊覧列車」とPRされ、草津を訪れる湯治客や著名人を数多く運んだ。道路網が整備される前は「草津の生命線」といわれるほど重宝され、雪が降ると旅館の従業員がスコップを手に除雪を手伝った。
しかし、昭和21年に国鉄長野原線(現JR吾妻線)が開業し、連絡バスのルートができると、東京からの利用客が減少。鉄道と並行して道路整備も進み、所要時間のかかる「遊覧列車」は次第に時代遅れになっていった。
終焉は34年8月、突如訪れた。台風で長野原町の吾妻川橋梁が流失。経営難で復旧の見込みも立たないまま、37年2月までに全区間が順次廃止された。
廃止当時、上州三原駅の駅長代理などを務めていた山口純夫さん(76)は往時を振り返りながら言った。
「残したい気持ちはあったし、復活してくれたらうれしいが、車社会なのでどうしようもない」


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